第22回 
アルペン芦山歴史ハイキング 江戸時代「京街道枚方宿」(平成26年1月11日)

 成26年もはや十日戎 アルペン芦山好評の歴史ハイキング第22回目です。
 アルペン芦山会員で、企画、解説、リーダーのT郷さんの報告とA川さんより写真が届きました。
 ここはかつて淀川河港と京街道が合流し、多くの人や物資で賑わった枚方宿があった場所。
 A川さんによれば、街道は古い町並みで伝統的商家の白壁や千本格子などもあって写真を撮りたいところもありましたが狭い道幅のうえ改装した家々もあり撮るのに苦労しましたとのこと。
   ・・・・T郷さん、A川さん便りを有難う トミおじさん

           <写真はA川さんより、T郷さんの報告は後段にあります>


              
       
 

     

  


     22アルペン芦山歴史ハイキング 江戸時代 「京街道枚方宿」 報告 

 とき:平成26111日(土)快晴

 参加者:会員5名、一般21名、計26
 
コース:京阪光善寺駅930〜蓮如上人御腰掛石〜光善寺〜水面回廊〜明治18年洪水碑〜郵便屋の渡し碑〜枚方宿西見附跡〜市立枚方宿鍵屋資料館〜船番所跡〜旧枚方宿問屋役人・木南家〜浄念寺〜臺鏡寺〜願生坊〜田中家鋳物工場跡・むくの木〜意賀美神社〜1220万年寺山御茶屋御殿跡(昼食)1250〜三矢公園(本陣跡)〜淀川資料館〜淀川河川敷公園〜三矢公園〜妙見宮常夜灯石灯籠〜宗左の辻〜枚方橋跡〜枚方宿東見附跡〜鵲橋跡〜京阪枚方市駅〜史跡禁野車塚古墳〜百済王神社〜特別史跡百済寺跡〜1530京阪交野線宮之阪駅解散

 所感: 気温は10℃以下で寒いが天気は快晴。9時に京阪光善寺駅改札前に参加者全員(26名)集合。
 新聞掲載の威力は凄い。配布資料部数が足りず後日送付する人も出る始末。
 コース説明や資料説明で出発は930になる。
 まずは光善寺駅前から京街道に接続する分岐点の“蓮如上人御腰掛石”のある広場で浄土真宗中興の祖・8世蓮如上人の事跡を説明。
 続いて蓮如上人が吉崎御坊を退去して京都山科に向かう途中に3年間滞在したといわれる光善寺。昔北河内一帯の用水路が“水面回廊”として整備された公園を通り、明治の終わりから昭和の中頃まで続いた花街を過ぎ、明治18年の大洪水碑や明治時代の郵便屋の渡し碑を見学した。
 いよいよ枚方宿の入口・西見附跡から昔日の枚方宿の面影を残す“鍵屋資料館”で館長の説明を受けながら随時見学。
 その後“船番所跡”や旧枚方宿問屋役人・木南家を過ぎ、西御坊と言われていた浄年寺、東御坊と言われていた願生坊の境内に入り、さらに江戸時代河内国の鋳物師を統括する立場にあった“田中家の鋳物工場跡”と、鋳物師あるところむくの木ありと言われた府の天然記念物に指定されている“むくの大木”を見る。
 次に万年寺跡に移ってきた式内社“意賀美神社”及び梅林を通り、豊臣秀吉が築いた“御茶屋御殿跡”で昼食休憩を取る。
 その後枚方宿の本陣跡の公園や淀川沿いにある“淀川資料館”を見学。又京街道に戻り、枚方宿東見附跡、天野川に架かっていた鵲橋まで歩く。
 以降は京街道から外れ、天野川左岸に造られた古代の前方後円墳(箸墓古墳よりやや小さいが酷似)前で古墳の説明後、これも古代の7世紀中頃に朝鮮半島の百済国から逃れてきた百済王の子孫が建立したといわれている百済寺跡とその氏神“百済王神社”を最後に全員無事ハイキングを楽しみました。
 新聞を見て参加したという一般の方も多くおられ大変な盛況の内に今年最初の歴史ハイキングの1日が終わりました。
                                                               (アルペン芦山会員T郷さん記)


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